僕が切ってきたどの首を血を死んだ目を忘れたって、君だけは

 きみをみつけた。

 人込みの中にもゴミ溜めの中にも居なかった君は、意外な場所で見つかった。
 僕がいつも目を窄めて何の気も無しに見上げるその場所で、君は素っ気無く僕を見ている。

 たいようの、まんなか。そんな所に君が居た。
 僕は君の傍に行こうとしたけれど、古い神話にある様に僕が近付いたらきっと僕の翼は熱で溶かされてしまうんだ。そうして僕は地面へ一直線に落ちる。君だってそうだ。そんな場所にずっと居たら、君だって溶けてしまう。時間の問題だった。君は己が熱で溶かされ、僕は君の熱で溶かされる。



 き み が す き 。



 言葉にすればたった五文字の言葉の中にどれ程のものが詰まっているのだろう。
 どれ程僕は君の事をいとおしく想えると言うのだろう。

 それが重荷に成らずに居られるならば、僕は何度だってその魔法の言葉を唱えるけれど、段々とそれは重みと加速度を増してしまう。そうすれば潰れてしまうのは君だ。だからそれは魔法の言葉。君を押し潰す魔法の言葉。僕は生涯その言葉を君にゆう事は無いだろう。君を殺す、ことば。

 君が居るのは太陽の真ん中。
 見つけたのに傍に寄れない。死ぬのはどうせ時間の問題なのに、僕は君を想う。


「写真」


 シャシン。

 君のくちびるから漏れたその一言が、ものすごく重みのあるものに感じて頭の中で反芻する。
 でも結局大した意味も無いので、無駄に元気好く加速度を増してゆく脳味噌に潤滑油を注す。君の前に立っている僕はほんとうぼろぼろで無様で格好悪くて見れたもんじゃないから、つよい僕の振りをしようと懸命に足を奮い立たせるんだよ。ほんとう、格好悪くて困っちゃう。


「センパイ、前に言ってましたよね。写真撮られると魂が奪われちゃうって」
「ソーヨ」
「ならセンパイが景色を写真に撮ったとゆう事は、見えないものから魂を奪いたかった。と勝手に解釈していいんですよね。物騒な話だとは思うんですけどね」


 僕の撮った写真。それは僕が見た景色。僕の眼から見た景色。
 君の眼から見た景色はどんな色?
 生憎僕はモノトーン。

 僕は救いを待つ雛鳥に救いを差し伸べる程やさしくなくて、僕はたくさんのものを殺してきたけれど、それに対する懺悔らしい事を感じたことは一度も無いんだよ。Joy to the World。諸人こぞりて迎えるのは救世主。有名な賛美歌百十二番。諸人は僕の死体を待ち侘びてるらしいのだが、おいそれと死んでやる程僕はやさしくない。僕のものを奪う奴等に憐れみをかける余裕は無いよ。

 欲求は快楽を手に入れる為に無防備な危険性を秘めている事を君は知っているのかな。こうやって単純に飴を舐めるとゆう行為がどれ程スパンを掛けて君と築いてきたのか分かっているのかな。理解を求めている訳でも賛同を求めている訳でも無いんだよ。ただ僕は、 (きみがすき)

 直視出来ない太陽の真ん中に居る君はやっぱり直視出来なくて、僕は少し困った。
 君の笑った顔が見えないじゃないか。神様に何度も抗議した。
 その度に神様はゆった。 (とけてしまえ)


「どうですか。見えないものから魂を奪った気分は?」
「ガッカリだヨ」
「奪われてしまった方は堪ったもんじゃないでしょうね。そんな風に言われちゃ」
「市川ぴょんは、」
「何ですか?」


 君の瞳を奪っていた写真に少し嫉妬。もやもやが溢れて感情と化す。
 それから離れた君の目に映ったのが僕で、どきり、とした。
 僕は普段から悪い事ばかりしているけれど、僕にとっての悪い事はきっとなにひとつしてないのだから僕は胸を張って良い筈なのに、矢張り君の前の僕はどうかしちまってるんだ。

 君が好き。
 君の声。少し高めの通る声。二つに括ってある手入れの行き届いた黒髪。君の目。特別な才が光る訳でもないのにどきり、としてしまう目。君の指。君のくちびる。くちびるから発せられる僕の、名。

 皆に知られている名は偽名だから。とゆう理由で発しなくなった僕の藤村とゆう偽名。その代わりに僕だけ特別な声で呼ばれる。 (センパイ、何ですか?) 君は僕が時々見せる鋭く尖った視線について何も言わないけれど、僕だって知ってる。君は僕の事をきっとひどくさびしい人間だと思っているのだろうけど、君だってそうだ。僕はつよい僕の振りをするけど、君もつよい君の振りをしている。

 僕は君の事がこんなにも好きで好きで堪らないのに、僕は軍へ行ってしまう。
 君の手の届かない場所へとオンボロの翼で飛んでゆく。
 果たして、君は手を伸ばしてくれたかな?


 ほんとうに、ぼくはきみがすきなんだ。


「誰かの目を奥から借りテ、」
「はい」
「おんなじ景色を見たいト、」
「ありますよ」
「ウヌ?」
「センパイが見ている景色を、私も見たいと思った事がありますよ。何度も」


 そのことばは、僕の中で何度も何度も繰り返される。
 君の笑顔が繰り返し頭の中でフラッシュバックする様にスパークするのと同じ。

 きみがすき。きみがすき。きみがすき。

 でもこれはゆってはならない台詞。魔法の言葉。
 君をとことん追い詰める、まるで奇跡の様な呪文なのだ。


「でも結局は、センパイがその時見たり聞いたりした事が今迄のセンパイに蓄積されるだけであって、センパイの目から世界を見ても私には分かりっこないんですよ。ちょっとくやしいけど」


 余りにも漠然とし過ぎて気付けなかったのは、僕のゆいいつの誤算。
 僕の中身を君は知らない。君の中身を僕は知らない。だから僕と君は他人なのだ。ふたりなのだ。だから「ふたり」とゆう言葉に最近かなり弱い。生まれるのも死ぬのもひとりなのに、他人を感じた瞬間から僕達はふたりに成った。それは素晴らしい事。喜ばしい事。なのに僕はその言葉に弱い。

 きみがすき。
 反芻する様に苦々しいものを呑み込んで、僕は君の傍で未だ嗤う。


「そっかァ、ふたりだもんナァ」
「ふたりですからね」
「忘れとっター」


 僕はすべて失っても君だけは忘れない自信があるよ。
 何の確証も無い自信なんだけど、君は信じてくれるかな。信じてくれなくても構わない。

 僕はこれからもたくさんのものを殺すだろう。たくさんのひとに恨まれるだろう。僕から様々なものを奪った奴等から奪い返す為に必死に成るだろう。その時きっと君はもう居ないのだろう。仮定の話は嫌いなのに、君との未来は予測不可能で現実味が薄いんだ。アア、格好悪い。なんてザマだ。

 きみがすき。いとおしい。きみがすき。いとおしい。

 僕はイカレちまってる。頭の螺子がぶっ飛んでんだ。仕方ない事だけど、狂気にまみれた笑みを君の傍で見せる僕は、太陽に焼かれても別に全然痛かないんだよ。ぜんぜん、へいき。

 死んだ魚の目って中々好きな部類に入るんだよ。それでも僕はその目に映った僕を殺す。
 非道かな。イカレてるかな。しょうがないんだ。僕が今迄、そしてこれからも歩んでゆく道は余りにも血で汚れ過ぎてしまっているし、手だって真っ赤っ赤なんだから、もうしょうがないと割り切っちゃうんだよ。歩む道が幾ら赤く染まろうとも君の存在だけは何にも染めずにいようと想える位、僕はイカレてる。そんなイカレた僕は、溶かされようが君に殺されようが、全然、ぜんぜん、へいきなんだ。


「私、いつかセンパイが見たものをその儘見れる日が着たら、そうしたらセンパイの目から脚色しないもの達を見てみたいと思いますよ。共感して、受け入れて、そんな景色が見てみたいです。いまだって充分ですけど、センパイ、軍に入るんだったら、もっと技術身に付けて、うんと偉くなってくださいよ」


 うんと賢くなって、うんと偉くなって、その時君が傍に居るのかと問われれば、その答えは、