僕らの存在は迷惑だと分かっていても、君が歓喜の声を上げれば、(何故だろう、涙が零れる)
今日もセンパイは部員斬りとゆう名のプライド潰しをやっている。
私はそれを遠くから眺めながら、なるべく自分への被害が少なくなる様に善処している。
「誰か藤村を止めてくれぇーッ!」
部活動中の生徒や顧問の先生のそんな悲痛な叫びを物ともせず、センパイの行動はどんどんずんずんエスカレートしてゆき、とうとう大会直前の選手に迄魔の手が伸びたのだから、顧問の先生はそれはもう大変な形相で私の名を呼んだ。どうして私が呼ばれるのか不明で不愉快だったけれど、仕方ないので先生の後を着いて行くと選手はプライドをずたずたに引き裂かれて漫画の如く口から泡を吐いていた。
「おい、しっかりしろ! お、お前は強いからッ!」
「説得力ネーナ」
「一番藤村に言われたくねえよ! 市川ァー!!」
「ヌ、市川ぴょん。ドッシタドシタ、さびしくなった?」
「阿呆回収します。」
一礼してから、少し止まって、もう一度拝んでからセンパイの首根っこを掴んだ。
「拝むな、まだ、まだ死んでないっ!」
「俺、もうダメかも知れない……」
「大丈夫だ! 藤村は、あ、あれは並外れてるだけだから!? お前は強いからッ!」
「ウツクシキ師弟愛」
「壊したのはセンパイですけどね」
ズルズルとセンパイを引き摺りながら、どうすればこのひとが人的被害を出さずに鬱憤を発散する事が出来るのかと思案を廻らした挙句無駄だと分かり、しょうがないので何度も忠告した後、グラウンドと言う戦場にダイナマイトを投げ込んだ。センパイは意気揚々としながら陸上部に紛れ込んだ。陸上部から苦情が来るのは凡そ二分後位だろう。私は空を見上げながら良く晴れていると思った。
グラウンドの片隅にある蛇口を捻って水を出し、飲もうと口を近付けた矢先に後ろから突進する様に駆け込んできた面々。陸上部の人だ。嗚呼、もう潰されたのか。私は振り向かなければ成らないのだけれど振り向きたくない現状を抱えながら、陸上部の潰された人達の情けない声をBGMに、振り返って、それから又蛇口に視線を戻した。いま見たのはきっと嘘だ。幻覚だ。と思えないセンパイの体力と自分の目が憎い。センパイの背面飛びは美しく、そして棒の高さは有り得なかった。
「藤村先輩を何とかしてください……」
「どうして私に、」
「大会前なのに……、負けちゃった」
「いちおう大会前の選手には手出しはなるべくしないように言ったんですけどね」
それでもセンパイは強い者に挑む習性とゆうか、本能染みたものがあるから、レギュラーの選手ばかり狙って部員斬りをしているんだろう。相手を煽って自滅に導くのがセンパイは得意だ。センパイの身体能力は誰もが知っての通りズバ抜けていて、三年生の教室の三階から飛び降りても飄々としている様なひとなので、恐らく陸上部の部員を斬るのは朝飯前と言った所なのだろう。
「市川さあーん……」
「……私に出来る事と言えば、」
「何かあるんですか?! 無いとすっごく困るんです!」
「そんなに期待されてもたぶんきっと絶対応えられないと思います」
センパイより強い覇者の様な人間がひとりでも居るならばセンパイはそのひとにだけ構うんじゃないだろうか。……限りなく望み薄な事態なだけに実行は不可能に等しい。そもそもセンパイは部活動に入っていないのに何故運動部を狙うのか。否、文化部も狙わなかったと言えば嘘に成るのだけれど。
演劇部の部員斬りを行った時のセンパイの行動は見ものだった。ものの数秒で台本を演出部分迄完璧に丸暗記したセンパイは自ら役を買って出て、未だ台詞の入っていない部員達を見事に斬り、その演技力の高さから部員全員の目を惹いた。オーバー過ぎる演技にも見えるが、細部、それこそ指先迄も華麗に見せ付ける様は勉強に成る。照明と音楽とセンパイの演技が見事に組み合わさった一瞬、ホンモノを見た。センパイは天性の役者だった。誰もが息をし忘れ、唾を呑み込むのも億劫に成った中で、センパイは私に向かって微笑んだ。一礼して消えてゆく様はまるで、
別に誰かに特別な恨みを抱いてる訳でもないセンパイがどうして部員斬りを行うのかと問われれば、答えは明白。退屈だからだ。退屈は人を滅ぼす。だから潤いが必要。例えそれが部員斬りであろうとも。
「まあ、これ以上壊滅させられると不味いので、捕まえてきますね」
後々暇に成った時にもう斬れなくなってたら困るのはセンパイ自身だろうし、私だってこうやって泣き付かれるのは好きじゃない。センパイは特例としても、私はどうやら人に頼られるのが苦手な様だ。それなのにセンパイと居るとセンパイ以外の人間に頼られる事が多い。こうやってセンパイを捕まえると豪語した私の背中を見送る様に陸上部の面々が祈っている。なんだか、気分悪い。
「藤村ッ、器用にハードル全部倒して走るな!」
「デモ、ルール違反じゃなかとー」
「ぐっ……」
オレンジ色の髪の毛をしたセンパイは直ぐに見つかる。たぶん髪の色が特別じゃなくても見つかる。私だけが見つけられるなんて臭い台詞を吐く訳じゃない。ただ、阿呆な事をしている方向に行けばセンパイが示し合わせた様に居るのだ。ハァイ! と手を振るセンパイに、私は余り動揺を隠せなかった。速い。
息ひとつ乱していないセンパイは私の傍に寄り、相変わらず化け物染みている。と私が痛感していると、センパイは次のターゲットを捕捉した様だった。目は怪しく輝き、手はわきわきと奇妙に動き、足はそわそわと走りたがっていた。全身で次の獲物へ飛び掛らんとしているセンパイの腕に軽く触れると、びくん、と肩全体で戦慄いた。良し、これで次の標的迄の時間稼ぎが出来る。センパイは恐る恐る私を見ている。怒りはしないのに。センパイは時々そんな目をする。
「しし叱る、ノースカロライナは煙草が有名でノースダコタは小麦が有名です?」
「叱られるような事をやったんですか?」
「やってなESPカード」
「なら叱りませんし怒りません。けどその巫山戯方が非常にムカつくんですけど、其処には触れてもいいんですよね。故意的にやってますからね、いいですよね?」
「ごごゴミャーングニ語群!」
センパイを平手で叩いてから首根っこを掴んで良く言い聞かせる。私だってこんな事は言いたくない。私だってセンパイが嬉しそうに運動をしてるのを見ていたい。だからこんな事言いたくない。こんなのは顧問の先生達が総勢で言えば良い話だ。センパイが聞くか聞かないかは別にしても、どうしてセンパイの活躍を望んでる私がセンパイに忠告しなければ成らないのか。謎だ。センパイが笑っていると私は楽しいし、嬉しくなって、そして悲しくなる。それに何の問題があるのか。分からない。
だから私はゆった。センパイに、ゆった。はしゃいでもいいですけど、はしゃぎ過ぎないでください。いっつもセンパイは遣り過ぎなんです。力が十あったら、十注がなくてもいいんです。もっと別けて色んな場所に使えばいいじゃないですか。部員斬りなんて、二とかその位で出来るでしょう? 不利益な立場を選ばないでください。センパイの事を悪く言われるのは私が癪なんです。
と、其処迄言い終えた所で、首根っこ捕まえた筈のセンパイが居ない事に気付き。
視線を逸らしてみればセンパイが三振を奪っていた。
半兵衛を決め込んで私は一目散に下駄箱を目指した。
「いっちかっわぴょっん、ドッコ行っくのー!」
「帰ります」
「ヤだ」
「帰ります。」
「ヤーダー!」
「……どうして金属バットを持ってくるんですか」
「若さユエの過ち」
「予想でものをゆわないでください。物騒な」
カランコロンと金属バットを引き摺って持ってきたセンパイに弁明の余地等微塵も残っておらず、私は少々戸惑いながらも矢張り踵を返して下駄箱を目指す。帰ろう。もう合唱部じゃないし、私だって帰宅部の一員だ。だから帰ろう。どれだけセンパイがこれ以上破壊活動を続けようとも別に構わない。いまよりもっと悪名が轟くだけだ。それと、何故かファンが増えるだけ。
一年生が熱っぽい視線をセンパイに送っている。センパイの実態を知らない彼や彼女等こそ若さゆえの過ちなのだろう。藤村先輩って、ホント素敵! そんな声が何処からか聞こえてきて、私の頬は一気に強張った。すてき? こんな阿呆で良かったら幾らでも、……要りますか? アフターケアとフォローでこころが磨り減るだけですよ。まあ、私にもセンパイを他人にあげる理由なんてひとつも無いのだけれど。
「此処は通サン!」
「場違いな台詞にも程がありますよ」
「アーア」
切り上げるかァ。とセンパイが言った。これで向こう一週間は安泰だ。
こんなのきっと誰も認めてくれない。けれど誰かに認められたくてやってるのではない。退屈は人を殺傷する能力を秘めている事に中々気付けないものだ。退屈を潤す為に他人を利用して何の罰が下るのだろう。ひきょうだ、そう罵られても構わない。だってセンパイも私もひきょうものだから。一向に構わないのだ。
流石に半壊したグラウンドを振り返る勇気は無いと思いがちなのだが、私も随分と図々しく成ったもので、センパイの首根っこを捕まえる為にグラウンドを振り返って、オレンジ頭のイカレトンチキを視界に入れて、センパイが晴れやかな笑みを浮かべた瞬間に頭の天辺にチョップを喰らわせて黙らせた。どうせ出てくる言葉は分かり切っているので、言うも言わぬも同じだ。それならば聞かない方がいい。謝罪の言葉ひとつ出てくる訳無いので、寧ろ次のターゲットを絞る言葉が出てくるだけなので、黙らした方が得策だ。
センパイが笑い声を上げた。
何の前振りだ。と身構えたが、ただ笑いたかっただけらしい。
「楽しかったですか?」
「ンー……」
「ハッキリゆってほしい所なんですけどね。これ以上悪名が轟いても知りませんよ」
「スキっつってた」
「は?」
私は思わず立ち止まって、ズルズル引き摺っているセンパイを見た。センパイは引き摺られながら遠くを見ている。何を見ているのかさっぱり分からないし分かろうともしないけれど、どうせ碌な事じゃないだろう。私は止めた足を今度は早足にして駆けるように成った。
「『先輩は大会を控えてて今は大事な時期で、怪我とかされたら困るんですっ』って泣きつかれタ」
「でも、倒した」
「ウン」
「非道。」
「王道デショー」
泣けど喚けどセンパイには届かない。土壌が違う。
攻撃を制止させるには何が必要か。口を黙らせるには何が必要か。反撃を許さない為には何が必要なのか見極めるのが必要だ。非道とゆわれてもこのひとは何とも思わない。罵倒しても気付かないだろう。その癖私が非道。と口にすると、叱られた子供の様な顔をするのに。気付いているなら相当の策士だけれど、センパイは策士だけれど、この事だけは気付かれたくなかった。私の我儘でいたかった。
私はセンパイをズルズル引き摺りながらグラウンドを後にする。「藤村ー! 藤村ー!」、と悪い意味で熱唱されているがそれは聞かなかった事にしよう。部員斬りを一通りし終えたセンパイは私に見えないように口角を奇妙に持ち上げる。達成感は無かったらしい。そりゃそうだ。センパイを倒せる人なんて神様位だ。少なくとも私の脳内ではそう思っていた。センパイを満足させられるのなんて、神様くらいだ。