僕等は簡単に終わってやるつもりは更々無い
変わらないものなど、なにひとつ、無いのだ。
ローリスクで渡って行ける程世の中は甘くない事を知っている。少々のリスクや犠牲は覚悟しなければならない。でも、お菓子の夢を見ている様な錯覚に陥ったのはきっとセンパイが原因だ。
変わる事を恐れている。奪われる事を怖いと思う。それは至極当たり前の事なんだけれど、お湯に浸かり過ぎて腑抜けに成ってしまったかの様に、残酷な言葉は突き刺さる。変わらないものなんてない。永久不滅、永劫不変なものなんて何も無い。分かっているのに、分かり切っていた筈なのに、目の前に提出されると萎びれてしまった。変わるのを嫌がっても嫌がっても、なにひとつ無事でいてくれるものなんてない。
「考え事?」
「そうですけど」
だがしかし、目の前の非常識人に期待しても良いんじゃないだろうかと不意に問う。
このひとなら何かしでかしてくれるんじゃないだろうか、と、つと思う。
「センパイは未練とか執着とかしなさそうですよね」
「応」
気軽に言うのにこころの中は全く別物のセンパイはそう簡素に答えた。センパイのこころはごうごうとうねる炎の様に燃え盛っている。時には波一つ無い水面の如く穏やかに静まっている時もあるから、その変化に多少戸惑う。時折見せる冷たい冷酷な視線。舌打ち。その癖甘えたがりで拗ねたがりな気分屋。
「でもサ、」
「はい?」
「あたしは居るんダ」
センパイはいまにも鉄柵から飛び降りそうな体勢でそう言った。落ちますよ、死にますよ。分かっていてやっているのだから私の言葉は届かないだろう。センパイはもう一度言った。あたしは居るんダ。
「何処に行ってもどうにかなっても、あたしは存在し続けル」
自然死だけを除いて、僕は君の飛び去る地面を見つめる。
「このゲームにはクリア条件が無い。ゲームオーバーしか残されていない。なら終了目前にコンティニューするしか無いんジャマイカと時には考えてしまう訳」
「私の考えを読むのはやめてくれませんか」
「目下検討中」
センパイが言いたかったのはきっと、変わらないものもそれでも在り続ける。自分は居続ける。と言う極々平凡且つ私がずっと求めてきた答え。センパイは私をこんな簡単に救ってみせる救世主や聖者の様な振りをする。だから其処に私は何かを見出してしまう錯覚に陥る。センパイがずっとずっと私の傍に居てくれるならそれもまた、
(ちがう、このひとはそう終わるひとじゃない)
あって当然のもの等何も無い。無くて当然だ。手に入れようとしていないなら無くて当然なのに、さも初めから存在してたかの様に扱っていたから駄目だったのだ。慣れていた。有り触れたものに慣れていた。だから失う事が、奪われる事が何より恐ろしく感じるのだ。ほんとうは無くて当たり前だったのに、センパイが騙すから。奇術師の様にまぼろしで包んでくれたから。
「それは、私がやります」
「オヨ?」
「私が考えます。だからセンパイは考えなくていいです。そんな事よりもっと別の数段難しい方程式でも解いていてください。そんなくだらない事は私が考えます」
ずっとセンパイと一緒に居たいと考えたけれど直ぐに払拭した。
違う。それはセンパイの未来を、可能性を潰す事。
傍に居る事を前提とした失われる出口。そんな事を私がして良い訳が無い。こんなひとを、こんなにも愛おしく狂おしく感じるのだから、センパイの出口を私が塞いでいい訳無い。もっとずっと高く飛ばさなくちゃ。
そうして帰ってこない君を、まぶしい視線で受け止めなくちゃ。
ああ、なんて酷い話なんだろう。
「くだらない理論も必要不可欠だと思うのダガ」
「気に病む必要が無いと言いたかっただけです」
「市川ぴょんならそう言うと思ってた、ナントナク」
「え?」
なんて、ひどい、はなし。
「だから、ゆわなかったダケ」
思った事をすべて口に出す必要が無いのと同じ様に、他人の行動パターンや思考回路を先読み出来てしまう天才児にはその台詞の意味を分かって使っているのだ。私は呆然としながらグラウンドを見下すセンパイを遠目で見ていた。かなしいひと。変わらないものはなにひとつ無いけれど、センパイは変わらないと言った。だからそれを信じるしか道は無い。なんて、非道い話。この道の先にはきっと何も無い。
センパイは空を見つめ、グラウンドを見つめ、小さく舌打ち。何かが気に障った訳でも無いセンパイの奇妙な癖。見えるものすべてを目に焼き付けておかんばかりに凝視する瞳の先に、不透明で見えない僕が少しでも映っていればいいのに。と不意に感じた。