かげろうに似た、(そこはかとなく、まばゆい)
ぼんやりと霞みがかった視界の中にセンパイを見つけて、オレンジ色の頭は矢張り目立つなと再認識していたらセンパイの周りからしくしく泣く声が聞こえて、「どうしたんですか?」、と私が問うたら、「ひとりぼっちダ」。と声が返ってきた。センパイは涙するひとでは到底無いので、「誰がひとりぼっちなんですか?」、と私が更に問うと、「オマエが」、とセンパイはゆってから、煤で汚れた様な真っ黒の顔をこちらに向けて不気味な声で言う。「オマエが転んだから、立ち上がらなかったから」。何故? 言葉は遮られた。私がその目に恐怖を抱いたからだ。何処迄も見通すその目に、私は畏怖した。
と言う夢を見た私は、正真正銘病み切ったセンパイ中毒なのかも知れない。
「又実験室追い出された、ちぇっ」
「もう出入り禁止なんでしょう? しょうがないんじゃないですか」
「だから全机のガス栓捻ってきた。ドーン」
「そういう事するからです」
夢ではなく現実のセンパイが何をしているかと言えば、いつも通り我が道を進んでおり、何度出入り禁止に成ったか分からない教室に挑戦を仕掛けている。センパイが理科実験室を使うと碌な事が無くて、家庭科調理室を使うと矢張り禄でもないからである。センパイは何処に居てもそのオレンジ色の髪の毛の為か発見し易く、偶にセンパイ以外の事故もセンパイが立ち会っただけでセンパイの所為にされたりもする。その時決まってセンパイは大した抵抗もせずにニヒルに笑っているだけなのだ。
「ワチキは潤いが必要だと思うのダ!」
「この期に及んで未だそんな事言ってるんですか」
別に私はセンパイを責めたい訳じゃないけれど、自分のした責任を負うのは何より理に適っていると思うのだけれど、自分以外の誰かが起こした不始末の責任を押し付けられても平気な顔をしているセンパイが信じられない。それどころか、幼稚な不始末をぐちゃぐちゃに掻き混ぜてもっともっと難しくしてから吸収するのだ。このひとには誰も適うまい。
「先生達が口を揃えて言ってましたよ。実習さえ無ければセンパイは事実上成績が一番上だ、って。もう少し巧く世渡りしようとか考えた事、……無いんでしょうね」
「ネーナ。楽しまなきゃ始まんねーもん」
いつもセンパイと話す時は、私の稚拙な頭をフル回転して、適切な言葉を吐こうと四苦八苦しているのに、センパイはするりと回答を選出する。会話と言うのは日常的だけど一番力を要する難関に思える。特にセンパイを前にすると、どんな言葉も色を失う。
当たり前の様に明日が訪れるとゆう可能性の消えたいま、私達は明日の為に一体何が出来ると言うのだろう。結局何も出来やしないのだから、一層諦めてしまって全部投げ出して放り出してしまう方がよっぽど楽で賢くて何分にもマシなのかも知れない。それでも私は願う。明日を、今日を生きてみたい、何が起こるか分からないいまを、精一杯馬鹿らしくもみすぼらしい時を、この熱が冷める迄の少しの間だけでも、穢れても良いと思える。センパイと共になら。
「市川ぴょんってサー」
「何ですか?」
「永遠に若々しくいられる薬が手に入るとしても、要らなさ、SO WHY?」
せめて、いまは時が止まればいいのに。
来る筈の無い明日に希望を託すよりも、もっと巫山戯た事を知っている。一時一時、一刻を争う世界の中で、いまを懸命に生きる、愛そう。なんて大それた事は到底無理なお話なのだけど、それでもいいと願えるのなら、
(どうかあのひとがしあわせになれますように) 祈ろう。
「何かを掴んじゃってる、モウ」
きっと私は目の前のイカレたオレンジ頭の人間と同じ様に、頭の螺子が多少イカレてしまっているどうしようもない馬鹿なのだろう。もし生活が儚い全てが狂ってしまっているのなら、狂ったものは元には戻らないのなら、執念を燃やし、私はいまを共にイカレ狂って生きよう。
「忠告ですか?」
「良か事ばってん」
「それが破滅的だと思えるのは私の考えが曲解してると考えて良いんですよね」
覚めない夢は無い。
終わらない歌は無い。
燻る傷みと、激しい痛み、寂しさや侘しさと憂いを抱き締めて、張り裂けそうな自我とはちきれそうな精神をひっくるめて、惰性で以って歩みを止める事はしない。
目の眩む様なまばゆい光が誘う世界を拒むのは、それが魅力的だからではない。唯ひとり、否、ふたり分では割りに合わないと妄信していたのだ。靄の中で垣間見た空虚な青さに心奪われた時でさえ、涙ひとつ流さなかった。流せなかった。
私は大したものは見ていないのかも知れないが、私は目の前にある光を、それも死地の光を既に見た。私は立ち竦む程畏怖すべきものは見ていないのかも知れないが、底の知れない目の前の怪物を見、心臓の鼓動を、脈音を聞いた。
それが全てではないのなら、私は全てを望まない。
「見た目以上に腹黒な市川ぴょん」
「センパイは見た目以上にトチ狂ってますよ」
嘯くのは簡単だ。誘いに身を任すのも簡単だ。身体の力を失えばいい。
けれど私はそれを選ばない。願いを撒き散らしながら、私は可能性を嫌悪する。
「そっくりダ。似た者同士なのダー!」
私はとっくに狂っている。とっくに呑み込まれている。立ち上がらなかったのは私自身だが、私がそれを望まなかったからだ。私は何度転んだか分からない手足を憎みながらそれでも共に歩むと自負した。砂になってしまっても、雪の様に溶けてしまっても、前へ前へと唯進むのだ。前へ、前へ。私はもう光を見た。光を知っている。こころを一杯にする方法を知っている。だからせめて目の前のひとには、