うしなわれてしまったうつくしいひと
「過ぎてしまった事は仕方がない。問題は其処からドーするのかダ」
「此処迄大破させといてその台詞ですか?」
鮮やかに散った元有機物。センパイはマッドサイエンティストも吃驚な格好でそんな事を言う。白衣に付着している塗料の出所が知りたい。と私が興味心を露わにすればセンパイは喜んでそれに従うのだろうけれど、生憎その手にノってやる程怖いもの知らずでは無い。
とは言いつつも、此処迄私がセンパイに対して興味関心の大部分を持っていかれてしまっている現状、打開策は見出せない。悪徳業者よりもあくどい手口に空いた口が塞がらない。このひとは詐欺だ。
「証拠隠滅は得意なんだけどサー」
「修復は出来ないんですか?」
「やろうと思エバ」
「思いましょうよ」
私の一言でセンパイが動くのかと問われれば案外そうでもなく、案外そうでもないと思ったら意外にそうで、難しいけれど結局はその日その日のセンパイの気分次第なのだから如何とも言えず、私のこころは杞憂に終わる。昨日のセンパイはもう今日は居ない。今日のセンパイは明日はもう居ない。そう考えると一瞬一瞬のセンパイの言動を全て覚えておこうと思うのだがそうも行かず。
船が座礁に乗り上げる様に私の思考は其処でストップ。これ以上考えても仕方がないと痛感したからだ。一日一日精一杯生きるのは大変だ。努力も惜しまず小さな事から正直に生きるのはとてもとても素晴らしくてワンダフル拍手喝采鳴り止まないのですけれども、ご生憎様正直間に合ってます。目の前の奇妙奇天烈天才変人は一日一日に文字通りの全精力を賭けているのだからこっちのが大問題。
「解剖は得意なんだヨ、これでも」
「じゃあ無難に蛙の解剖とかにしとけば良かったじゃないですか。大体包丁もまともに握れないセンパイがメス持ったら更に難易度上がる気がするんですけど、私間違ってないですよね」
余り視線を向けたくない元有機物は内臓を飛び出させながら実験台の上に横たわっている。
昔センパイが蛙の手術に成功したとゆうどうでもいい武勇伝を知っているだけに、今回のミスは聊か不明瞭なのだが、このひとは面白い事を更に面白くさせるひとなので、想像の遥か上を行っていると思うのだ。
「先端技術では三割確実って話」
「この死体は残りの七割って事で良いですか?」
「人間ってサー、成功より失敗の率の方が重たく感じるよネ。三割成功ってゆってもサ、じゃあ残りの七割は何ナンデスカ。って。そら失敗に決まっとるがナ。失敗ありきの成功ですわヨ」
「失敗の方に重点を置いてしまうんですからしょうがないんじゃないですか」
後は挫折感を味わったりしてしまうから、しょうがない事だ。と私は思う。
一々くよくよしないセンパイとは皆違うのだ。そう、皆センパイとは違うのだ。
(誰も君の代わりが務まらないように君も誰の代わりにも成れない)
「マ、次は成功させるワオーン!」
「ポジティブですね、無駄に」
センパイの代わりは誰にも務まらないし、センパイは誰に成る事も出来ない。物凄く悲観的だけどそれって事実。誰か別の人間にそっくりそのまま成る事は出来ないし、成りたくない。自分は自分の儘でずっと居たい。それって物凄く楽観的。安易で陳腐で安上がりな結末。食卓を飾るには色が足りない。
メスを握る君の手。おんなじ手で君は銃を握る。僕の手は銃を知らない。
今日のセンパイ。昨日のセンパイ。明日のセンパイ。過去のセンパイ。未来のセンパイ。
「目標は十二割ダピョン」
「せめて其処だけは平均を保って欲しいと願ってますよ」
「市川ぴょんの願いは無駄にしないヨ、出来るだけ」
「気持ちだけでも受け取っておきます」
センパイが私の中から失われる日が来るとしても、私はそれを甘んじて受け入れようとは思わない。いつか必ず来るその日の為に準備はしない。「さようなら」を「贅沢」だと感じるこの気持ちに収集は付かない。ありがとうを傲慢だと感じてしまうのだから仕方が無く、全て仕方ないで片してしまう日々は不要だ。
仕方ないものなんてなにひとつ無い。昨日の事を全て仕方ないと定義付けるのなら今日のいま一瞬は必要が無いのだ。昨日があり明日がある。そう思えれば色が変わる。蛍光色の過去と、モノクロームに染まった未来は比べようが無い。贅沢は敵だ。でも敵の敵は味方だ。
「ってな訳で遺伝子情報をくらはい」
「話に筋が見出せないので安易に提供したくないんですけど、たぶんこれって当然」
白衣を艶やかな鮮血で染めているセンパイの掌を叩き落そうかと思ったけれど何だか勿体無くて、代わりにアルコールランプを載せたらセンパイが嫌そうな顔の演技をしたから私はアルコールランプを元の位置に戻した。センパイの演技派も吃驚な小芝居を含めた物真似等興味無いんだけど、それをセンパイに伝えた所で面白いリアクションは期待出来ないし、しては成らないのだと思ったから。
「いつか、ワチキと市川ぴょんの子供を作るのDEATH!」
「センパイに輪を掛けた変人が生まれそうで怖いですよ」
「真面目に考える市川ぴょんに再度惚れル。キャー! 結婚してクダサイ!」
センパイにキャーとか似合わないからやめてください。と言おうとしたけどその先の言葉は遮られた。何故ならセンパイがりゅうりゅうと歩いて次の有機物を取りに行こうと足を踏み出したからである。又死体を増やすのか、その前にこの残骸を片してくれないのか、そして一体何を目指しているのか、子供とは一体何なのか。全て説明してから動いてくれないと私の稚拙な頭の回転は行き届かない。
「センパイは今日が大切ですか?」
「消えちまった昨日のが切なく感じるネェ」
さようならは贅沢。ありがとうは傲慢。
ならその言葉を全て総動員させてゆこうじゃないか。高飛車と言われても蔑まれても蔑視されても構わない。大切なのはセンパイだけなのだからそれ以外は必要無いし興味も無い。仕方ないなんてゆう前に勝利のブイサインを掲げてみようじゃないか。そうしたら失われた蝋燭の炎が再び灯るかも知れない。