きみとぼくとのあいだには
境界線を曖昧にしては成らないと思った。これ、本能。
はっきり明確に表しておかねば成らないと思った。これ、情愛。
メアリーアン、ぼくの心臓をぶち抜いておくれ
「地球上から人間が全て居なくなれば平和になるのにネー」
地球の環境を破壊している劣悪なる本人は人間そのものだとゆう。だから地球上から全ての人間が居なくなれば環境は元通りに成り、自然サイクルも巧く回り出すと君はゆう。だけど地球上から全て人間が居なくなったら僕と君が出会う事も二度と無い。他愛ない事でお喋りしたり馬鹿笑いをする事も無くなる。
唯、僕は君の隣に座り、極ふつうの話をして、馬鹿笑いをして、君は何かを潜めたあくどい笑い方をして、僕はそれを指摘しながらしょうがないと肩を竦め、そんな毎日がいとおしいいま、その結論をおいそれと出したくはない。君が隣に居ないいまなんて考えるのもぞっとする。
「地球が平和になってほしいんですか?」
「市川ぴょんはピースを望んでいないのかネ」
「センパイが望んでいるなんて凄く意外なんで、これはとうとう大それた嘘だと考えて良いんですよね」
意外とゆう路線を突っ走っているセンパイを止める事は出来ないが、見守る事なら出来る。見て学ぶ事は出来ないけれど、その加速度を早める事は出来る。でもその儘だと君は猛特急で暗闇に突っ込んでしまう。暗闇の中、もっと奥。そんな場所で踊っている君を見たくはない。でも出来るなら、望む事がひとつでも許される時が来るのだとしたらいつか、その場所へ一緒に連れて行って欲しい。
連れて行ってくれ。暗闇のその又奥。もっと闇の広がる漆黒の彼方。
ひとりきり、小舟に乗り込みオールを漕ぐなら、沈むのを待っているだけなら。連れて行っておくれ。せめてもの話し相手に成ろう。崩壊を唯待つ事はしない。崩壊がこの舟を呑み込むならばその寸前で足掻いてやろう。呑み込む相手が喉に詰まらして嘔吐する位、足掻いて蹴飛ばして暴れてみせましょう。そうして吐き出してしまえばいい。醜態の数々を見せて差し上げましょう。そうして涙すればいいのだ。
「平和ってサー」
私とセンパイの根本的に違う部分。
一、他人である事。
どんなにこのひとの事を知っても私はこのひとに成れない。どんな目に遭ってもどんな出来事に遭遇しても回避する術はこのひとは全て知っている。私は知らない。だからこのひとは強いとゆえる。どんな目に遭っても生きるのだから。
二、未来の重さ。
「来たら嬉しいケド、来なくてもソーでもないヨネ」
このひとはどんな事が遭っても前に進む。おんぼろの舟でいまにも沈没しそうな状況でも笑う。中指を突き立てて世界に宣戦布告する。私には出来ない。私はそんな舟に乗ったら足が竦んでしまう。だからこのひとは狼狽しない。いつでも、どんな時でも平常心と冷静さと冷酷さを兼ね備えている。様々なパターンを駆使して過酷な条件下で遊戯を楽しむ。限界寸前で艶やかに笑う。
「人間は戦争が好きですからね」
「ウン」
三、醜悪の深さ。
君はぼろぼろの翼で飛ぶ。誰しもが見放した翼、もう飛べないと分かり切っている羽。動かす事すら困難な翼。飛べたとしても何があるか分からない。何も無いかも知れない。でもこのひとは飛ぶ。先に何が待ち受けようとも飛んでみせる。私には無理だ。前途に何が待ち受けようとも寛容に対処する術を知らない。だからこのひとはさびしいひとなのだ。ずっと、ずうっと、ひとりぼっちなのだ。
「でも戦争が無くなって、世界に平和が訪れて、その時に未だ私達が生きていたら、センパイは職を失ってしまうかも知れませんね」
「ドーシテ?」
「だってセンパイは軍に入るんでしょう? 平和が来たらそんなちっぽけなのは必要無いでしょう?」
世界を汚くしているのは紛れも無く人間なのに、人間は世界を綺麗にしようと四苦八苦する。そんなの無理だ。創造論と進化論を同時に考えてゆく様なものだ。無理に決まってる。無理に決まってるものを初めから遣ろうと思って遣るひとなんて居ない。終末を考えれば全てが無駄なのに遣ろうとしているひとが此処にもひとり居る。きっと先には何も無いのに遣ろうとしているひと。
センパイが軍に入ろうと入らまいと、センパイが織り成す数々の実験は後に実を結ぶだろう。だがしかしそれが何に成るとゆうのだ。いまこの時より大切なものが他にあるとゆうのか。いまこの瞬間より愛おしいものが他にあるとゆうのか。君の隣には誰が似合うとゆうのか。おこがましい考えなのだろうか。
いまが大切。いまが大事。
いまが無かったら全て無い。昨日も明日も今日も無い。なのに君の視線は今日を嫌う。大きな化け物に食われてしまいそうな君はタップダンスをしているのに、追い駆けられているのに、いまを台にして飛ぼうとはしない。それは君もいまを大切にしているから? それとも君の見ている未来がそれ程台に適しているから? 僕には何もかもが不明瞭で時々嫌に成る。
「アー、なんか、」
「何か、可笑しいですね」
君と僕の決定的な差が分かったよ。
世界がどんなに平和に成ろうとも、君は軍へ行くのだろう。世界がどんなに裕福でゆるやかでやさしかろうと君は軍へ行くのだろう。それは紛い無き事実。軍へ行くのは単なるステップなのに、それに責務を感じた時点でもう君と僕は差が出来ていた。君は軍へ行き、僕はきっと平凡に生きる。それが君と僕との轍。