たったひとつのひかり
才能はいつしか音と成り僕の耳に入り込んだ。世界中の音とゆう音が僕の耳の中に入り込むものだから僕は認識が困難に成り、意識が浮遊する。甘美な世界で悠長に泳いでいれば誰かに押し潰されて頭を強く打つ。溺れる様に口をぱくぱくさせていたら君は僕の前に立ち、こうゆった。「もう終わりですか?」。
例え足が竦んでも目が見えなくなっても耳が聞こえなくなっても全ての感性が殺ぎ落とされようとも前へ進む。死地の光は生憎見えない。それは未だ自分が死地に立っていないからなのか、元より其処には光が無かったのか定かでは無いのだけれど、生憎僕には光が見えない。でも君はゆう。光は直ぐ其処にあるとゆう。僕には見えない。焦点を幾ら変えようと見えやしない。
ぼくの ゆびの さきに ひかる
したたる ゆびさきで きらきら ひかる
あの ひかりが ぼくのものに なることは ない
「酔狂ダ」
激しく繊細な感性は流動体と成りこの世を動かす糸に変わる。
指先から全てのものを生み出す力と成る。
捻じ伏せろ、魅せ付けてやれ。抑え付けろ、殺してやれ。いっそこの魂が叫ぶならば一層輝いてみろ。どろどろに溶けた指先から滴る蜜を舐め、血肉に変えて僕を支える柱に成れ。
あの ひかりが ぼくのものに なることは ない
「ひとりで笑ってると怖いですよ」
「アレエ、笑っとった?」
「ものすごくあくどい顔で笑ってましたよ。又何か遣らかしたんですか?」
君は目の前に座り、ノートのページを捲り、僕は教科書の指定の箇所を指差し、君は其処を解く。
極々自然な会話。自然な対応。オウジーザス、其処に居る僕等は不自然だ。
「難しいですね、これ」
「前の公式を組み合わせればイイ」
「あっ、そうですね」
オウジーザス、何てこったい。ジーザス・クライスト。僕達を救うならいましか無い。
この不自然で曖昧で麗しい妬ましい現実に、真実等興味が無いと言ったらせせら笑うかな。でも実際そうなんだ。真実にはこれっぽっちも興味が無い。目の前の見えるものにしか信仰心を抱かない僕が見えない神に信仰心を働かせられるかと問われれば答えはノーだろう?
「こうゆうのは巧いのに、どうしてセンパイは世渡りが下手糞なんでしょうね」
市川ぴょんは二つ括りにした髪の毛を払って、俯いた儘の視線でそう言った。
「実際に下手って訳じゃないんですけどね。私よりも気配りとか配慮とかそうゆうのが出来るのに、しないってだけじゃないですか。どうして遣らないんですか、出来るのに」
「一種の才能じゃけん」
巧い笑い方を覚えた。強いひとの振りを覚えた。世界を廻る術を学んだ。掻き乱す理由を知った。知らないのは楽しさや面白さ、君と言う名の小さな世界。そっちの方が充分大事。大事過ぎて目も当てられない。
この ひかりが ぼくのものに なることは ない
「……ねえ、センパイ」
「何じゃらほい」
世界を護る為にはどんな事をしてもいいし、どんな目に遭っても構わない。
支離滅裂過ぎると君は笑ったけれど、それが事実なんだ。感情移入は在庫切れ。鋭い感性が感情を淘汰するその瞬間を見ていておくれ。その時僕は立ち竦む。君に言葉を掛けられる迄。
「もうおしまいですか?」
そう、こんな風に。
君が言葉を掛ける迄、僕は立ち竦み、其処から歩む。
「終わりにすると思うか、相棒」
其処から歩む。進む。光無き方へ、君が見せてくれた虚言の方へ向かう。全部嘘だとしても構わない。何が起こっても前に進まなければ成らない。何が起きてもどんな目に遭っても前に進まなくちゃいけない。意識が困難で朦朧としていても、記憶が曖昧で飽和していても、音を全て掻き集めて力へと変貌させる。こうやって、僕は僕の在り方を決めるのだ。
(ああ、なんて悲劇)
僕を喰いたきゃもっと強くなってから出直しな。