どうか一瞬でも長くあのひとを見つめていられますように

 某日、十三時。給食が終わった後の暫しの休憩時間。放送室からのアナウンス。「三年C組の藤村さん、至急職員室迄着て下さい」。面倒、なので無視。二度目の放送、十五分後。市川ぴょんが言う。「行ったらどうですか?」。仕方がないので目蓋を開いて重い腰を上げる。ノック三回、規則的。職員室、いつも通りの陰気振り。差出人不明の小包が学校経由で配達。毎度の事ながら不審に思ったのでそれを窓から遠方に放棄。地面と接触後、爆発。負傷者不明。グラウンド陥没。


「又ですか」
「ネコマター」
「最近多くないですか?」
「やっこさんも必死なんじゃろー」


 同日、放課後、視聴覚室ジャック。冷暖房完備の部屋、市川ぴょんの宿題を制覇。序でに明日の授業の頭に遣る予定の小テストのアドバイス。何故それをあたしが知っているか、イヤハヤ、風の噂とは恐ろしいものだ。序でにこんな愉快な噂もあった。実は三年の藤村先輩はロボットらしい。


「ありがとうございます」
「イエイエ」


 翌日明朝、朝の有り難い訓練(とでも一層呼んでしまうべきか)を終えて一息付いている時に危険を察知。既に動かぬ肉片と化していた死体を持ち上げて身を隠す。遠方からの射撃、回避。弾丸は逸れた場所を貫通。音と威力を素早く考え、距離を把握。ビルの上に人影、在り。距離、ざっと一キロ。今の所持武器、拳銃のみ。走って捉えるのは容易いが、囮とも考え辛い為、発砲せず。装填を確認後、くるりと踵を返して自宅へ戻ろうとして郵便受けに触れると、物体有り。

 犯人、不明(多分軍人)。目的、不明(多分あたしを殺しに)。要求、無し(多分「死んでくれ」)。
 アメイジンググレイスを口ずさみながら小型爆弾を回収。

 差出人不明の小包、朝刊と共に配達。新聞に決して載らない裏の死体と爆弾を見比べながら飴舐める。今日の天気、晴れ。湿度五十パーセント。雨の確立、十パーセント未満。絶好の洗濯物日和、絶好の自殺日和。明日の天気、曇り。所により雨。なら明日は死体が少なかろう。爆弾を解体してから接続を切断。

 同日、ひつじ雲。雲に乗りたい、とメルヒェンな事を市川ぴょんに言ったら、


「センパイだったら乗れるんじゃないですか?」


 と同じくメルヒェンな台詞を返された。 (まあ、雲を作るのは可能だけれど)

 午後、市川ぴょんと談笑中、視界の中にキラリと光るものを見つける。レンズに太陽光が反射している。其処から狙撃、笑える。市川ぴょんが傍に居れば襲撃出来ないのをこっちもあっちも了承済みな為、市川ぴょんと談話を続行。時偶屈折した笑みをそちらに向けてやれば、緊張の糸が張り詰めるのが分かった。

 何処か遠くで、海の音がする。海は近くない。もっとずっと遠い。
 でも何故か海の音がする。海に行きたいと仄かに思った。


「予想通り小テストありましたよ」
「ドーでした」
「予習してた所ばっちり出て、満点でしたよ」


 存外嬉しくなさそうな市川ぴょん。あたしはそれを受け、鼻で笑う。
 つまらない日常の中のつまらないテスト等、御免だ。
 それよりも君と僕がこうやって会話をしている事が何より意味のある事なんだって言ったら君はどんな顔をするのかな。拒絶されると辛いけど、必ずしも同意を求めてる訳じゃあないんだ。


「さっきから外、気にしてますね」
「市川ぴょんって結構意外ヨネー」
「意外と言うか……、センパイって自然過ぎると逆に不自然なんですよ。いつも阿呆な事ばかりしてるから私は分かるんですけど、何か気にしてる事があると逆に自然に成るんですよ」


 あらまあ、吃驚。顎外れちゃう。
 曖昧な返事ばかり打っていたのがバレたのか、それとも余り君に隠すつもりが無かったのか。
 別にバレたっていやらしい事が秘められてる訳でも無いので、素直に陳謝しながら時を過ごす、放課後。


「ア゛ー!」
「何ですか?」
「めんどくさかとー!」


 時々はこんな事を言いたくもなる。放課後、又もや呼び出し。ピンポンパンポン。地雷直結、死亡届。学校経由での、今度は花束。においを嗅ぐ必要すら感じず、焼却炉に放り込む。花はじわじわと焼けた。中に仕込んでた青酸カリも溶けた。一緒に付いてたカードに一言。 「お待ちしてます」。


「ワチキ思うに、待ってるダケだとシンデレラストーリーと何も変わらんと思うんだが、ワチキは別にシンデレラガールに成りてえ訳じゃねーもんで遠慮したいんジャけど、やっこさんはそれを許してはくれねーッス」
「愚痴ですか、センパイらしくもない」
「愚痴ラシイ」


 一喝されてヘコんだ振りをしてみても君は一瞥するだけなので、はらはら散る枯葉を踏み締めて野花にキスしてロッキュー、なんて世界に指を突き立てるだけ突き立てた後は破滅を希うばかり。願うだけじゃ叶わないので自ら行動すれば一手先は読まれているので十手先辺りを読んで窺う。其処迄行けばもう敵なんてのは視界にすら入らないもので、我が道此処に呈すると吼えるだけである。


「実際気苦労とかしてるんですか?」
「見た目以上に繊細ナノ! オヨヨ、オヨヨ」
「センパイの神経はマジックより極太な気がするんですけどね」
「そうユー市川ぴょんこそ」
「私は相当図太いですよ。センパイ以上じゃないですけど、少なくとも其処等辺の女子よりかはよっぽど太いと思います。そうでないとセンパイと喋る事も無理ですからね」


 僕等は偉い訳でも何でも無い。
 唯、一緒に向かい合い、他愛無い事で笑い合い、分かち合いたかった、それだけ。

 なのに、奴等はそれを邪魔する。
 だからブチ殺してやろう、全部全部全部ブチ壊してやろうと心底憎んだら、憎悪に伴ってこころの奥から別のものが這い上がってきた。それは血液が逆流する程の感情でもあり、水面にそっと浮かんだ葉っぱの様でもあり、愛情と似通っていた。でもそれは決して愛してる訳じゃない。

 僕が僕として成り立っている事の定義は知らない。唯、僕が居て君が居る。それだけで世界は回ってしまうのだから末恐ろしく、永久不変等信じられないこの世の中で唯一無二のものが君だけなのだから仕方ない。しょうがないと割り切るのに不服を感じた僕等はそうやって物事を切り売りするのを辞して、生涯を賭けて僕と君との関係を修復しようと苦難を極めた。


「皆、弱えナ」
「センパイが強過ぎるんですよ」
「ツヨイ? 笑っちゃう!」


 笑える、笑える。大爆笑だヨ、君。
 僕がもしほんとうに強かったのならこんな世界は壊してしまって君と別世界を築き上げるのに。それが他者から見れば楽園と呼ばれようが如何でもいい。唯君と共に何処迄も破滅に近しい道を歩んでいきたかった。他には何も要らなかった。君だけ居れば良かった。なのに連中はそれを邪魔する。

 何だって君がそんな可愛げの無い台詞を吐くのかと問えば返される言葉は予想の範囲内で収まってしまうのだから分が悪いもんもありゃしない。予想を遥かに凌駕する返答を常日頃望んでいる訳では無いにしろ、全て的中してしまえば会話等意味の無いものに落魄れてしまう訳で、君と僕がこうやって会話する全ての事に意味があると探求している僕に救いの言葉は無い。


「だってちゃんと考えてあげるじゃないですか。私は途中で諦めてしまいましたけど、センパイはちゃんと最後まで看取ってあげるじゃないですか」
「遺言みてェだナ」


 君が言うある種の犠牲とは高が知れているのだが、咥内を満たすのが必ずしも飴では無い日常。予想が的中しないと言う予定は未定。遊ばせるのも一興だし、その方が何かと都合が好くて面白い。泳がせるのは落下を心待ちにしている小鳥。未だ未だ雛鳥。

 全てに肯定の意を述べてしまえばタッパーに詰められる加工食品宜しく誰かの手中に納まるのが成れの果てでは無いのか。そうであれば跳ね除けるのを選ぶしかなくなるが、必ずしも質問の答えは二択では無いのを忘れてはならない。僕等には未だ三番目の選択肢が残されている。誰も知らないその答えを君か僕かどちらかが引き当てるのか定かでは無い。だけれど必ずしも選択肢は二つとは限らないのだ。だからと言っちゃあ何ですが、三つ目の選択肢を僕は未だ選べずに居る。

 十七時、太陽が死ぬ瞬間、僕は声に出して笑った。 (アーメンハレルヤ!)


「サァ、残党狩りダ」
「センパイ。」


 意気揚々と、どっこいしょ、と小母さん染みた声を上げてみれば、其処にある市川ぴょんの素顔に見惚れる、数秒。明日は雨、明日は雨。今日はおしまい、もうおしまい。


「精々死なないでください」


 何よりも大切で大切で仕方ない君から発せられた可愛げの無い台詞に、ふ、はは、と笑い、


「…………言ってくれるジャン」


 闘争心を駆り立てられたのは事実であり、否定の仕様が無い。
 俯いていた頭を無理矢理シャンと前に向かせ、奥歯をぎりりと噛み締めてきゅっと口角を持ち上げる。言ってくれるジャマイカ、ならば遣ってやろう。三歩歩いて、戦闘体勢。尻を叩いてレンズ越しに指を突き立てる。何処からでも撃ってこい。僕を殺してみろ。だって君となら何処へだって行ける。何処迄でも歩ける気さえする。地獄の果てでも天国の醜悪にも立ち向かえる。 (君が居てくれたら、の仮定で)