勝敗としあわせ

「至極単純明快。誰かが勝てば、誰かは負けルンバ」


 誰もがしあわせには成れない。誰かがしあわせになれば誰かが不幸に成る。そういう風に回っている。そういう風に作られている。初めから、そう初めから。たぶん、ずっと以前から。


「官軍、ですか」
「勝ち組に成りテーとは思うんだけんど、勝ち馬乗りはしたくねーんだワ」


 『勝てば官軍、負ければ賊軍』。勝てばどんな悪だって正義に変わる。
 逆を言ってしまえば、負ければどんな正義だって悪に変わるのだ。

 勝敗は、必然だ。

 ひとの魂は死後も尚彷徨い、永久不滅だとある宗教は語っている。色々な宗教があるけれど、どれも最後は似たような話に落ち着く。結局、何かしらの死後の世界がある。


「天国、地獄。アーメンハレルヤ!」


 オレンジ色の髪の毛をしたセンパイは黒板に白いチョークで「参上、夜露死苦!」、と書いたその隣に、何語か分からない言葉と数式を書いた後、雑巾で思い切り黒板を水拭きした。明日迄に乾けば良いけれど。乾いていなかったらその時は知らぬ存ぜぬだ。センパイはその雑巾を焼却炉に捨てていた。何かとお世話に成りっぱなしな焼却炉、今回も証拠隠滅確定。矢張り知らぬ存ぜぬを貫き通すべきだろう。

 窓の外を見てみれば、空は崩れ、落下し、形を失ってしまった。光は燻り、燃えて、消えてしまった。傍に居る筈のセンパイが何故か遠く感じて、思わず「センパイ」、と呟いた。声に成らない叫びの様なつぶやきだと自分自身でも痛感していた。ひきょうだ。これはひきょうものの声だ。


「センパイは勝ってください」
「無論、負けるつもりはナッスィング」
「私はきっと負けます」
「何でサ」


 センパイの微笑みが今は痛々しく感じられて目を背けるのだけれど、この美しいひとからは目を背けるのが狂おしい位卑しく感じられてセンパイを正面から見ると、センパイは、なんでそうゆうこと言うんのサ、とへにゃりと眉を垂らしながら薄く笑って私につぶやいた。その顔、私、弱い。

 そうゆう事、言いますよ。だって、センパイと私は比較対象にすら成らないじゃないですか。


「市川ぴょんも負けちゃ駄目サー」
「勝てる根拠は何処にもありませんよ」
「病は気カラ。勝利は魂カラ。何事も遣ってみなくちゃ分かりませんよろし」


 自分でも何を言っているのか分からない程自虐的に成りながら、センパイの視界の中で凡庸に私が居座る。それがどんなに罪深き事なのか知りつつも、この場所から梃子でも動いてやるもんかと頭の中では考えている。このポジションを明け渡すものかと日夜踏ん張っている。と言えば聞こえは良いが、単に変化に恐怖を抱いているだけである。

 恐怖の種は無知らしい。恐怖に怯える事は恐怖を育てる事に成るらしい。センパイに日頃抱いている恐怖はそれに似ている。私はセンパイの全てを知らない。片鱗すら掴めていないのかも知れない。だからセンパイに対して非常に畏怖の念を抱いている。過剰な程に。


「違いますよ、センパイは勝つんですよ、ずっとずっと。違いますよ、」


 ちがうんだ、僕はね。
 君に願いを託すのがどんなに馬鹿らしい事か、今迄目を背けてきたのだよ。





 ありがとう。君のお陰で漸く思い出す事が出来た。
 この世の中は禄でもなく腐っているのに、君だけがやけに鮮明だから見惚れてたんだ。


 君は僕に「破壊しろ」、と言った。君は僕に「生きろ」、と言った。君は僕の明日を信じている。だから僕も君の明日を信じようと思った。それだけでいいと思った。

 それだけでいいと思ったんだ。たったそれっきり、それっぽっち。君に明日太陽が降り注げばいいと思ったんだ。世界は万人に平等ではないけれど、太陽の光は僕以外の場所には煌めいて見えるものだから。「一筋の光がきっと君を導いてくれるよ」、なんて虚言も良い所な大それた事は言えないんだけど、ほんとうの事を言えば誰の未来も、そう、君の未来等興味が無い。

 だから君が勝つか負けるかに対して疑問符を投げ掛ける事がどんなに不毛な事なのか教え諭そうとしたのだけれど、君はとっくにその答えを知っていて、唯理解したくないだけの駄々っ子だったのを知るべきだったね。そうすれば僕はもっと君に非道な事を仕出かしただろう。


「勝利宣言をしようジャマイカ」
「何に?」
「明日に向かって」


 小さな事から正直であればいつかどでかい化け物に対しても正直で居られるよ。そんな他愛ない事で笑い合いながら終結を先延ばしにしていた。いつか終わりは来る。やってくる。何事にも終わりはある。始まりがあれば終わりがある。幾つものプロセスを踏んで来たのに、何だかそれも全てちっぽけに感じるよ。


「明日を迎えたらワチキ達の勝ちなのダ!」


 凡庸に「君のしあわせを願うよ」、なんてお世辞でも言えない。言葉が必ずしも本心から出るとは限らない様に、不真実は必ずしも嘘ではない。それだけで生きていけると思った。たったひとつの信念だけで何処迄走れるか見物だ。そう、僕が何処迄走れるか、だ。

 もう散々走らされたんだけど、もう散々壊されて奪われたんだけど。もう、散々。結末に期待はしていない。最低以上最悪未満だろうか。それより下かも知れない。それでも、諦めてしまえばこの世界では平和に生きられる。ただただ、平和に、凡庸に、茫洋に。けれど君も僕もそれを望まない。

 人生にグレーゾーンは存在しないが人と人との間には必ずグレーゾーンが設けられている。何故? きっとその方が色々と都合が好いのだ。「はいははいを、いいえはいいえを」、と聖書の聖句に書いてあるがそれを実行出来る人間は少ない。有言実行出来るのは完全な人間だけだと人は言うけれど、それってば自分のグレーゾーンを守りたいだけじゃないのだろうか。そう言えば人間はずるい生き物だったな。

 曖昧にはぐらかす事は多かれど、嘘は必ず不真実だ。不真実は必ずしも嘘では無い。言わぬ嘘と言うのも実際に存在している。それは嘘のグレーゾーンなのである。


「明日、」
「ン」
「来ますかね?」


 真っ直ぐな言葉が時々胸にぐさりと突き刺さる様に、嘘の無い廉直な言葉は鐘を鳴らす。その鐘に反応出来るかは人次第。反応しないのも一手だし、気に留めないのもゲームのひとつだ。僕は笑う。きたいしてないよ。でもそれは諦めたのではない。諦めたのなら君とのお喋りは金輪際止めにする。でも君と未だ喋り足りない。そうだ、諦めたのではない。不測の事態を困窮してるのだ。


「来なきゃこっちから乗り込んでやろうゼ」


 もし明日が来て、もしそれが勝ったと言う事ならば、果たして負けた人間は誰でしょう? 僕等にしあわせを奪われてしまった大変不幸で可哀想で涙無しには語れない人物は果たして何処ぞに生きるどなた様なのでしょうか。お手数ですが近所の雑草の中から幾つか選んで送り届けましょう。

 そうそう、ひとつ言い忘れてたよ。今朝目覚まし代わりに遣って来た武装部隊、全員死んだってサ